アニメを取り巻く環境は、劇的に好転している。国内はもちろん、海外のファンも急激に増え、「Anime」という単語は日本製のアニメを指す単語として定着した。アニメファンのボリューム、そして経済圏が急激に成長を迎える中、メディアが果たすべき意義も変わってくるのではないだろうか。
本メディア「ドキドーキ!」は、株式会社ワクワークが運営し、これからアニメ業界での就職を目指す若者に向けて、できるだけ生の情報を届けるとともに、本気で就職を目指す方向けに運営している「アニメ業界就職セミナー」「アニメ業界ライティング講座」へ興味を持ってもらうことを目的としている(両講座とも2024年度は休講中)。
この夏から「ドキドーキ!」のテコ入れとして、「『ドキドーキ!』をアニメ業界でライターとして働きたい人たちにとっての目標となるメディアにしていきたい」と考え、現在進行系で業界最前線で執筆されているライター前田久氏・太田祥暉氏にそれぞれ連載記事をお願いしたところ、ご快諾いただけた。
いきなり連載を始めるよりも、座談会的な記事を最初に作成し、お二方の来歴や人となりを読者に知ってもらったうえで、連載記事へつなげていこう……という意図で座談会をセッティングしたのだが、話は二転三転し、最終的には思わぬ着地をすることに。
そもそも若者はライターになりたいのか? なって何をするのか?
――本日はお集まりいただきありがとうございます! お二人には、アニメ業界のライターを目指す若者たちのためにいろいろとヒアリングをさせていただけたらと思っているのですが……
前田久氏(以下、前田):元も子もない話になっちゃうんだけど、そもそも「アニメ業界のライター」ってなんだろう? 前提がよくわからないというか、どういうところで、どういう原稿を書く人のことをイメージしてるんだろうか。そういう話に興味がある人って、ホントにいるのかな?
――毎年弊社主催のアニメ業界ライティング講座には数人の応募があるので、ゼロではないんじゃないかとは思っています。
前田:なるほど。とはいえ数人か。やっぱりよくわからないね……。太田くんはアニメ誌とか、アニメの話題も扱うカルチャー系のWeb媒体で書いてる現役のライターの中ではかなり若手の方になるけど、そのあたりってどうだった? ライターになろうと思った動機とか、実際になっていったルートとかは、どんな感じだったんだっけ?
太田祥暉氏(以下、太田):僕は現在27歳なんですが、もともとアニメ雑誌の読者で、いずれは自分もそういう雑誌で記事を書きたいと思っていたんですよ。
前田:世代的にはかなりレアなタイプでしょ?
太田:そうですね。僕が学生の頃って、まだギリギリ「アニメオタクってキモい」と思われていたんです。たぶん、そういう感覚を知っている最後の世代になるんじゃないかと。なので、アニメオタク同士の横のつながりは強かったんですが、それでもアニメ雑誌を買ってまで読むようなファンは学生時代だと、クラスの中に僕ぐらいしかいなかったです。
――WEB媒体についてはいかがでしたか。
太田:うーん、「アニメ!アニメ!」や「コミックナタリー」を逐一チェックしている、という人はいなかったと思います。一方で、いわゆるまとめサイトをチェックしている人は大勢いましたね。
前田:なるほどね。僕はもうその頃はライターとして働いていたわけだけど、そのときに感じていたアニメの媒体を取り巻く雰囲気と同じだ。みんな、雑誌はあんまり買わないし、まともな情報サイトにもアクセスしないけど、そういうところから無断転載したまとめサイトは読んで、やいのやいのと騒いでいたんだよね。ぶっちゃけ、当時はアニメ業界人にもそういう人が多くて、「みんな、◯ねばいいのに……」と腹の中で思ってたよ(笑)
そうやって情報ソースがロンダリングされていく流れはさらに加速しててさ、今はもうSNSでなんとなく広がっていくじゃない? どこに載っているかは元より、誰が書いているかも、ほとんどどうでもよくなっている。そんななかで、そもそもライターという存在にどうやって気づくのかって、僕はよくわからなくて。だから「ライターになりたい」という言葉が、どういう気持ちで発せられてるのかも、よくわからないわけ。
――前提としてライターの名前が出るメディアと出ないメディアがありますからね。
太田:今、一般の人に「ライターで思い浮かぶ人って誰ですか?」と聞いたら、一番最初に思い浮かぶのって「オモコロ」で記事を書いている、ヨッピーさんやARuFaさん、ダ・ヴィンチ恐山さんだと思うんですよ。つまり顔が見えている人たちなわけです。
前田:一種のタレント業的な活動もする人たちだよね。オタク関係だとマフィア梶田さんとか。そういう状況があるのはわかる。だから僕なんかも、やってることの規模ははるかに小さいし、そもそも口下手な陰キャだからそんなに人前に出たいわけでもないんだけど(笑)、多少は顔出しの仕事もやったりしてるわけ。「前Q」ってニックネームを前面に出していろいろやってきたのも、存在を認知してもらうための苦肉の策のひとつだったんだよ、実は。
――メディアがファンを抱えて、そこに向けてライターが記事を書くという体制から、ライター自身にファンがついて、そのファンにめがけてライターが記事を書くという状況に変化していっていますよね。
太田:最近、作家さんが自身のSNSのフォロワーを増やしていくことも仕事の一環になっているじゃないですか。それと同じ構造で、ライター自身にファンが付かないと認知されないし、そのファンに向けてライターが発信しないと届かないようになっているんだと思います。ただ、アニメ業界ではそういう動きをするライターさんが少ないのも事実なので、その職業に就いている人が視認されない。それ故に、アニメ業界でライターを目指す人が少ないのかなとも思います。
アニメライターになる方法はある。ただし楽な道のりではない
――アニメに関しては、ヒット作品に関わる仕事をすれば、多くの人に読んでもらえるチャンスはあるのかなと思うのですが。
前田:それは作品の人気に乗っからせてもらっているだけであって、ライターの文章が読まれているということとはちょっと違う気もするんだよね。
太田:仮に作品公式の仕事として関われたとしても、あらすじや作品紹介、キャラクター紹介くらいですからね。
前田:あとイベントレポートとかもかな。
太田:それに、公式サイトのライティングって基本的にクレジットされませんから、宣伝さんとか脚本家さんが書いていると思われているんじゃないかな。
前田:そうそう。記名でオピニオンを書けることはめったにないよね。
太田:取材ものにしても、今は1クールの作品がほとんどなので、ガッツリと作品を深堀りするようなお仕事はなかなか発生しないですしね。それに異世界系作品が増えている昨今、そういった作品群に内容を深掘りする記事が求められているのかというと……。個人としては深掘りした特集が読みたいですけど、異世界でえっちな展開が魅力の作品の案件が来たとしたら、そんな記事は提案しないですし(苦笑)。そういう状況で自分自身の名前を認知してもらうことってかなり難しいんじゃないかなと。
前田:僕は実のところ、そういう公式サイトの仕事みたいな、ある種の黒子としての仕事で、名前を出さずに食っていけるライターこそが本物のライターだという意識のある古いタイプの人間なのよ。できるものならかくありたい(笑)。実際、それでやれている優秀な知り合いはいるんだ。かなり数は限られるけど。でも、ライター講座に来るような今のライター志望の人たちって、そういう存在になりたいわけでもないでしょう?
――でしょうね……。
前田:食えるか食えないかとか、そういうこと以前の問題として、今、アニメについて何かを書くライターを目指すというのが、どういうことなのか。そういう人が講座を受けて、そこから何をしていきたいのかが、とても気になる。それがわからないと、本当は講座もやりようがないし、僕と太田くんがこれから始める、そういう人に向けた……ということになっているコラム連載もやりようがない気がするんだな。
――毎年の受講生を見ていると、ライターという仕事が具体的に何をしているのかはわからない、けれどアニメに関して文章で関わりたい、という人が多いですね。
前田:まあ、そういうことだよねえ……。
太田:でも、分かりますよ。僕も結局は業界に飛び込むまでインタビューの書き方を全く知らなかったですし。インタビューの文字起こしから、オフレコ部分を省いたり順序整えたりしたらインタビュー原稿になる! くらいに考えていましたから。
前田:いやいや、そんなことをいいながら、太田くんは同人誌でがっつりやってたじゃない(笑)。それは謙遜だよ。ま、でも、僕だって見様見真似でスタートして、編集者のみなさんに鍛えてもらったところはある。それでいうと、結局のところ、学ぶよりとにかく現場に飛び込んじゃったほうが早いってのはあるんだよね。
――それができたら一番効率は良さそうですね。ただ、他のライターさんにお話を伺った際、編集者はすでに仕事馴染みのライターさんを抱えていて、そこに新人が差し込みで仕事をもらうことは相当むずかしいのでは、という意見もいただきました。
太田:ライターとして売り込むよりも、編集のアルバイトを募集している媒体を探して、編集兼ライターとして仕事を覚えていくってイメージですかね。正直な話、人材の出入りが激しい業界なので、飛び込むチャンスは皆さんの想像よりあると思いますよ。
前田:そうそう。あと、若い読者層を意識している媒体だと、理想としては書き手も若いほうがいい……みたいに考えてるからね。
太田:もしくは編プロ(編集プロダクション)に飛び込んでみるのもありですね! とはいえ、新卒募集をしているところは少ないので、いわゆる通常の就職活動ではなかなか入れないですが、自分で門を叩きに行けば、どこかは受け入れてくれるんじゃないかなと思います。仕事に関しては、歴戦の猛者揃いの集団なので、学ぶことは大きいはずです。僕も編プロに所属していたからこそ、こうやって仕事ができていますから。
前田:編プロに所属することのポイントは、ひとまず仕事があるってのも大きいよね。会社勤めのいいところであり、厳しいところでもあるけど、自分の守備範囲外の仕事も上司から振られたらやらなくてはいけない。でもそうやって無茶ぶりに応えているうちに、いつの間にか守備範囲が広がってさ。その中で、それまで興味のなかったジャンルが一生の仕事になるとか、そういうのもあるあるで。
アニメメディアの影響力が減少していく中でやりたいこと、やるべきこと
――さきほど太田さんが少し話していましたけど、そもそもおふたりはどうしてアニメライターという仕事を目指されたのですか。
太田:僕は評論を書きたいと思っていたことがきっかけですね。学生当時から深夜アニメは見ていたのですが、『フラクタル』という作品に出会ったときに、山本寛監督のそれまでの作品含めて評論が非常に多く出ているのを見て、アニメの文章に触れる機会が出来ました。
それ以降、『フラクタル』と同じノイタミナ作品の『UN-GO』をはじめ、アニメの批評が多く出ているのを目にして、そういう文章が書かれた本をもっと読みたいなと思ったことが、ライターになるきっかけです。ちょうど文学フリマとかでアニメ批評同人誌が刊行されていることを知ったんですが、当時は静岡居住の高校生。買いに行くのも厳しいし、通販もできない。となったとき、読みたい本に何か文章を書けば見本誌がもらえるのでは、と気づいて(苦笑)。そこから文章を書き始めたんですね。
そうしているうちに、自分自身でも同人誌を出すようになって、本作りが楽しくなってきたんですよ。同人誌の中でインタビューもするようになり、本格的にライターや編集を志て、とある編プロに入れていただきました。
前田:僕も似たようなものかな。当然、時代は違うけど(笑)。『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象を巻き起こしていたとき、活字主体のアニメムックが大量に出たんですよ。で、その流れと連動するように、「アニメージュ」で氷川竜介さんの『アニメ新世紀王道秘伝書』だとか、小黒祐一郎さんの今でも続いているロングインタビュー連載の『この人に話を聞きたい』が始まって、ものすごい刺激を受けたわけです。もともとアニメ誌の読者ではあって、いろんな記事を楽しんできたけど、まさに「これだ!」と思った。
特に『この人に話を聞きたい』は衝撃的でね。「アニメを作っている人って、こんなに深いことを考えていて、こんなにおもしろい人たちなのか!」って感じたわけ。で、自分もいつかはこういう、おもしろい人たちにおもしろい話を聞きに行ける人になりたいなと思った。それが大きなきっかけでしたね。
だから自分としても、長めのインタビューを積極的にやりたいといまだに思ってます。単に読み物としておもしろいのも大事なんだけど、それだけじゃなくて、思いや考えをアーカイブとして後世に残すことの意義も感じるところがあって。学術的な、厳密なものじゃないけど、一種のオーラル・ヒストリーを残す意識もあってアニメライターって仕事に取り組んでるところがあります。
――アーカイブという点では、弊社で宣伝を担当したアニメ3作品のうち2つの公式ホームページはもうすでに残っていないんですよね。そうなると作品の情報を調べる方法はWikipediaぐらいしかもうなくて。WEBの情報ってこんなにも簡単になくなるのか、というのが衝撃でした。
前田:紙の仕事は消えないってのは大きいよね。新刊で継続的に販売されなくなったとしても、国会図書館には所蔵されるし、ファンは手元に形として残すことができる。それはWEBにはない、大きな強みだと思う。
太田:だからこそ、僕はアニメガイドブックを紙で出すことにこだわり続けたいんですよね。これまで『僕の心のヤバイやつ』や『ヤマノススメ Next Summit』をはじめ、いろんなタイトルのガイドブックを構成してきましたけど、その作品が何を目指していたのか、そしてどんな作りだったのか、後世に残したくて。昔と違って配信ですぐ作品を視聴できますけど、それもいつ止まるのか分からないじゃないですか。そんな中で作品を残すためにも、ガイドブックを作り続けたいんです。
結論:書いているライターもアニメメディアの読者がわからない
――クリエイターへのインタビューや作品の情報の記事をアーカイブ的に掲載するとしたら、どういったメディアが適切だと思いますか。
前田・太田:うーん……。
前田:大前提として、アニメが好きだからといって、アニメの作り手にみんな興味があるかといったらそんなことはなくて。PV数が広告の売上に直結するWEB媒体だと、ライターや編集がクリエイターにフォーカスした記事を作りたいと思っていても、相対的に他の記事企画と比べてコスパの悪い企画になっちゃうのは否めない。
太田:クリエイターに興味がある人のほうが少数派なのは、今も昔も変わらない気がします。日本の場合、例えば人気マンガがアニメ化、と発表されても多くの人がいの一番に気になるのはスタッフではなく声優ですから。そこが悪いとは全く思っていませんけど、声優>スタッフなのは間違いありませんよね。アニメのドキュメンタリーといえば、宮崎駿監督や庵野秀明監督の番組は注目されましたが、あくまでそのお二人だから認知されているわけで。
前田:しかも昨今、作品の「作家性」みたいな部分を原作に依っている作品が増えた気がするわけですよ。なるべく「原作通り」のアニメ化がいいこととされる中で、アニメのクリエイターは自分の作家性を乗せることが難しくなっている。原作の持ち味を殺さず、丁寧にアニメ化することが大事で、クリエイターもそこに特に不満はない。そういう状況になると、作家としてアニメのクリエイターにスポットライトが当たる機会は、どうしたって減っていくんじゃないかな。
――そんな情勢を踏まえまして、おふたりには連載記事を「ドキドーキ!」でそれぞれご担当いただきたいのですが……。
前田:わっはっは。何を書いたらいいんでしょうね? ホント(笑)。対談を収録する前は「今、注目してほしいトピックや作品はこれだ!」的な内容を普通にやろうと思っていたんだけど、話せば話すほど果たして本当にそれでいいのか? という気になってきたよ。
これは「ドキドーキ!」がどうこうじゃなく、一般論として、そもそも読者像が最近わからないんだよね。
太田:確かに、そもそもどういう人がアニメの記事って読んでるんでしょうね?
ーーアニメのメディアに記事を書かれているおふたりでも、読者像ってわからないものなんですか。
前田:数字ではわかるんですよ。でも、それがどこの誰で、どういうことを考えていて、何に興味があって、どういうところをおもしろがって、逆にどういう記事は「つまんねーなー」と感じているのか。あと、今は読んでいない人であっても、アニメが好きで、文章を読むのも好きな人がいたとして、そういう人がアニメについてのどういう文章なら読みたいと思うのかが、さっぱりイメージがわかない。当たり前だけど、SNSで分かる範囲がすべてじゃないしねえ。
太田:僕も、自分が制作に関わったガイドブックについて定期的にエゴサしているんですが、たまに自分自身が力を入れたクリエイターへの取材記事に反応があるくらいで、正直そこまでネット上で反応が見えるわけではないんですよね。正直、もっと気軽にみんな呟いてほしい!
――だとしたら連載を始めていただく前に、実際に今アニメのファンはどのようにアニメの記事やメディアに接しているのか、を調べるところから始めましょうか。そうしないと、お二方が誰のために何を書いたらいいのかが決められない、というのは正直おっしゃるとおりだと思いますし。
前田:今アニメライターを目指す人たちにとっても、読者が今こう思っているということを知るというのは有意義でもありますしね。
……というわけで、まずはアニメについて書かれた文章の現在地を知ることから始めることになりました。「アニメのメディアって誰が、どんなふうに読んでるの?」というアンケートを実験的に行ってみます。はたしてどのような結果が出るのだろうか。そしてその結果をもとに、前田氏・太田氏は何を思い、何を語るのか、ぜひとも次回の記事をお楽しみにしていただきたい。
「アニメのメディアって誰が、どんなふうに読んでるの?」アンケートはこちら: