制作進行は「何にでもなれる仕事」A-1 Pictures 三澤さん【アニメ業界フレッシュマンレポートvol.2】

※本記事はワクワーク主催「アニメ業界ライティング講座」の修了生が取材・執筆しました。

アニメ業界の初めのキャリアとして、制作進行を選ぶ人は多いと思います。「大変そう」と言われることもあるこのお仕事ですが、実際のところはどうなんでしょうか? 今回はアニメーション制作会社、株式会社 A-1 Pictures の制作進行である三澤美也歌(みさわ・みやか)さんに、制作進行という仕事の業務内容ややりがい、そこから目指せる将来的なキャリアについてお話を伺いました。

取材・執筆:はらぐちかずや
編集:ドキドーキ!編集部


――自己紹介をお願いします。

三澤:A-1 Pictures 制作グループで制作進行をしている三澤と申します。2020年に新卒で入社しました。最初の2年間は「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア」に携わらせていただいて、その後にTVアニメ「Engage Kiss」の第6話と第13話を担当しました。今は、2023年4月に放送開始の「マッシュル-MASHLE-」を担当しています。

苦労と喜び、そしてチャンス―制作進行の具体的な仕事とは

――制作進行とは具体的にどのようなお仕事なのでしょうか?

三澤:作品の絵コンテができてから、アニメとして完成するまでの制作工程のスケジュール管理を行っています。アニメーターさんや背景さんの作業の進捗はもちろん、仕上げや撮影を含めた全ての作業スケジュールを管理します。また、何かトラブルが起こった時の対処も行います。なかでも、モノや情報の管理が一番大きな仕事です。

――モノや情報の管理とはどういうことでしょうか?

三澤:簡単に言うと、整理整頓ですね。カットそのもの、つまり原画や動画といった作画素材はもちろん、設定資料や色のデータなども整理し、仮に何かトラブルがあった時でもすぐ誰かに引き継げるぐらい、情報をわかりやすくまとめています。

――昔のイメージだと、各カットの素材は全て紙で、カットごとに袋に入っているのかなと思いますが、今でもそうなのでしょうか?

三澤:紙で作業される方はまだいらっしゃいますが、原画に関しては最近ではデジタルデータが多いです。動画さんも今ではデジタル作業の方が多いですね。作画の後の工程は、今はほぼ全てパソコン上で行っています。紙で頂いたものは私がスキャンして、データで次の工程に渡しています。

――今でもカット袋の受け渡しの時には、自分で車を運転して行くのですか?

三澤:制作進行が車で動画や原画などの素材を受け取りに行く制作会社もありますが、A-1 Picturesでは素材の運搬を専門にしている業者さんにお願いしています。ただ、状況によって自分の足で取りに行くことも時にはあります。

――そういう時以外は、基本的にオフィスワークなんですね。制作進行が忙しい時期というのはいつ頃ですか?

三澤:担当話数の納品日が近づくにつれて忙しくなってきます。また、シリーズの最終話の場合は制作現場が特に慌ただしくなってくることが多いので、他のチームの制作進行やプロデューサーの力も借りながら、作品を形にしていきます。

――一方で、忙しくない時期はどうしているのでしょうか。

三澤:自分の担当話数の納品が終わった後は、他のチームのお仕事を手伝います。それと、次の作品に向けての「営業」をしますね。

営業というのは、アニメーターさんなどに「今度こういう作品をやるので、また手伝っていただけると嬉しいです」というような挨拶に伺うことです。電話ではなく、なるべく直接会いに行きます。クリエイターさんと制作進行は持ちつ持たれつなので、いい関係性を築きたいと思っています。

――人間関係も重要なのですね。制作進行の仕事を通じて、やりがいを感じる部分はどのような時ですか?

三澤:一番嬉しいときは、すごくいいレイアウト(※1)が上がってきた瞬間ですね。次に、自分が携わった話数に音がつくタイミングに感動します。特に、音楽や足音などの効果音がついた瞬間が大好きです。他にも、今までこの会社でやり取りしたことがなかった人で、すごくいい絵を描いてくれる人にお仕事をお願いできたりする時はすごく嬉しいです。

※1:作画の工程において、キャラクターや背景などそのカットの主な要素の構図を描き起こしたもの。

――それは嬉しい瞬間ですね。今までに大変だった経験はありますか?

三澤:タスクが詰まってくると自分1人で仕事を回せなくなるタイミングがどうしても来てしまうのですが、手伝ってくれた人に「この素材は今どんな状況?」と聞かれてすぐに答えられなかったことです。

今のTVアニメは1話あたり大体300~350くらいのカットがあるのですが、制作進行はそれらの全てについて「このカットは色がついている(=仕上げ/撮影まで終わっている)」「この素材はあの人が作業中」というように状況を把握しておく必要があります。すぐにカットや素材の状況を答えられないということは、制作進行としてできているべき管理ができていないということですから、すごく悔しい気持ちになります。

――やはり制作進行は大変なのですね。

三澤:制作進行は確かに大変ですが、何でもできるようになるための下積み時代とも言えます。 アニメの作り方を知らないと監督や演出にはなれませんが、制作進行の仕事を通じて、アニメ制作の基本が身に付きます。監督や演出さんをはじめ、プロデューサーやデスク、音響スタッフといった色々なセクションの人と関わる立場なので様々な仕事を間近で見る機会があり、アニメづくりについて何も知らなくても、ひと通りの工程に触れて学べるところが制作進行のいいところだと思います。しかも、尊敬するスタッフの仕事を見たり、その人に質問したりするチャンスも、制作進行にはあります。

表現の幅を広げるための「かせ」――心がけていることとは

――A-1 Picturesでは、どのような人が多く働いていますか?また、社内の雰囲気についても教えてください。

三澤:班や部署によってそれぞれですが、私の班は自分の意見をしっかりと伝える人が多いです。基本的には皆さん仲が良い印象です。他の班では、よく一緒に昼ごはんを食べに行っているところもありますね。たとえば納期が近いと班の緊張感は高まってきますが、いざ納品を終えてしまえば、楽しくみんなで打ち上げに行ったりもします。

――作品づくりで大切にしていることはありますか?

三澤:アニメ業界では、作画の作業が極端に遅れてしまった場合などに、絵コンテを元にした簡易的な映像に合わせて音の作業を進めてしまうケースがあります。本来は完成した絵の動きに音をつけていくのが理想なので、それは制作スケジュールを遅延させないためのやむを得ない対応なのですが、このやり方だと先に完成している音に合わせて作画の作業をしなければなりません。その場合、自由な表現ができなかったり、絵と音のタイミングが合わないといった違和感が出てしまうこともあります。私はそういったことをなくすため、きちんと絵の動きに合わせて効果音を付けることができるようにスケジュールを調整することを心がけています。

――それはクリエイターにはありがたいことだと思いますが、制作工程を飛ばしたり並行したりすることを自ら禁止するのですから、制作進行にとってはかえって大変なのでは?

三澤:大変ですが、その分(作り手は)音や芝居の幅を大きく広げることができます。制作進行の立場としては「かせ」ですが、私はなるべく踏ん張りたいし、やれることがあれば最大限の努力をしたいです。

昔から大好きなモノづくりを仕事に

――次に三澤さんについて教えてください。学生時代はどんなことをされていたんですか?

三澤:高校生の頃から演劇をやっていて、役者や裏方の仕事も経験しました。大学生の時には外部の舞台にも出たこともあります。ですが、私は演者よりも裏方の仕事の方が好きでしたね。

――では、どうしてアニメ業界に入ろうと思ったのですか?

三澤:演劇をずっとやっていたので、作品づくりに携わりたいという気持ちがありました。ただ、演劇を仕事にしてしまうと、演劇を嫌いになった時に自分が潰れてしまうと思いました。でも、アニメは小さい頃から好きでしたので、嫌いになることもないと思いこの業界を志望しました。

――中でもA-1 Picturesを選んだ理由はなんですか?

三澤:自分は「FAIRY TAIL」のTVシリーズが大好きなので、それが一番の理由ですね。

――A-1 Pictures 制作の作品ですね!

三澤:そうなんです。お恥ずかしいことに、私は入社するまでこの業界のことを何も知らなくて、制作会社もA-1 Picturesとufotableしか知りませんでした(笑)。他のスタジオの作品も見てはいましたが、「その会社の」作品についてきちんと話せるほどではなかったんです。それで就職活動では、「この作品のこういうところが好き」ということが伝えられる制作会社に、と考えてA-1 Picturesとufotableを受けました。

――就活に向けて対策していたことはありますか?

三澤:正直、あまり準備はしていませんでした。ただ、私はこれまで演劇をやってきたので、それについてちゃんと話せるようにはしていました。

アニメ業界の就活に準備は必要ない

――制作進行を目指す上で必要なことはどのようなことでしょうか?

三澤:社会人としての最低限のコミュニケーション能力は必要です。私は他の会社の制作進行とも繋がりがあるので、「あのクリエイターさんと最後にやり取りをしたのはいつで、どのくらいのタイミングで手が空きそうか」といった情報交換をしています。そこからスケジュールを逆算してクリエイターさんにお話を持ちかけたりもします。

――社外の人とのつながりも大事なんですね。

三澤:そうですね。他人とのやり取りをめんどくさがらない人の方がいいです。急に飲み会に誘われた時も、なるべく顔を出した方がいいと思います。社会人としての人付き合いは重要です。

――コミュニケーション能力以外にも大切なことはありますか?

三澤:制作進行の仕事は自分ではどうしようもできないことが多いので、トラブルが起きた時に「こういうこともあるよね」という風に柔軟に考えて切り替えられることが大事です。自分の思い通りにいかないと気分が落ちてしまうことは誰でもありますが、そういう時に「自分ができることは何か」と前向きに考えられるととてもいいと思います。あとは、少しの時間でもいいので、煮詰まってきた時に外出したり、気分転換できるすべを持っているといいですね。

――アニメ業界で就活をするために、学生のうちに準備した方がいいことはありますか?

三澤:「これをやらなきゃいけない」とか「これを準備しなきゃいけない」とか、会社に入るための準備をする必要は全くないです。それよりも、自分のやりたいことや好きなことをしたり、思いっきり遊んだ方がいいですね。今のうちに海外旅行に行くのもいいと思います。学生時代にしかできないことはたくさんあるので、自分がしてきたことを面接の時に話せれば大丈夫です。

――確かに時間のある学生のうちにしかできないことは多いですからね。三澤さんが一緒に働きたいと思う新人はどのような人ですか?

三澤:自分で物事を考えられる人だと嬉しいですね。最初のうちは指示されたことを着実にこなしていくことが大事です。ですが、仕事を通じて「なんかこれ違うな」と感じることは出てくると思います。制作進行の仕事は、人によってやり取りしてるクリエイターさんも違えば、素材管理の仕方も異なります。なので、「この人の仕事のやり方は合わない、非効率だ」と感じる時も出てくるでしょう。そういった時に、別のアプローチを考えて実行できる人が欲しいです。「私はこうした方がいいと思う」と自分の意見を伝えることができて、他の人のやり方も状況に応じて選択できる人がいいですね。やり方が違うと感じたらその場で止まるだけではなく、「自分だったらどうするか」を一歩進んで考えられる人、ひいては互いに高め合えるような人が、私は一緒に仕事をしていて楽しいです。

制作進行はあくまで入口

――最後に、三澤さんのこれからのキャリアについて教えてください。

三澤:私は演出家になりたいです。また、そこからもキャリアは続くので、ゆくゆくは監督や脚本のお仕事もしたいと思っています。そのために、自分の中で勉強やステップアップをしていきたいです。

――とても素敵な目標ですね。会社としても応援してくれるのでしょうか?

三澤:はい。将来的なキャリアとして、演出や監督といったクリエイティブな方向に進みたいのか、それともプロデューサーなどのビジネスサイドに進みたいのかを考える機会があります。自分がどうなりたいかを上司にしっかりアプローチすると、色々と勉強させてもらえます。

また、弊社にはクリエイティブグループという部署があり、原画、動画、仕上げ、演出の技術を磨くことができます。演出については新卒ですぐに入れる部署ではありませんが、経験を積んでいくと演出や脚本の仕事もできるようになれる機会が十分にあります。

――全員がプロデューサーになるということはなく、クリエイティブ面の専門性も磨くことができるのですね。

三澤:そうですね。また、制作進行の仕事をするなかで、自分がそれほど注目していなかった職種に興味を持つことがあります。その場合でも、柔軟にキャリアを考えることができます。例えば、入社した時には演出に興味がなくても、制作進行の仕事をするなかで興味を持つことがあるかもしれません。

――制作進行はあくまでアニメ業界への入口であり、そこからキャリアの幅を広げることができる仕事なのですね。

三澤:そうだと思います。制作進行が話題になる際、よく「大変だ」という面だけが語られたりしますが、自分にとっては「何にでもなれる、幅広い可能性がある仕事」だと思っています。

――制作進行は可能性に満ちたお仕事なのですね。本日はお話ありがとうございました!

取材を終えて

余談にはなりますが、A-1 Pictures制作の「86―エイティシックス―」では、キャラクーの心情を表現する際の隠喩や対比といった演出が実に精巧であり、私自身その丁寧で巧みな描写に感動しました。この作品で監督・演出・絵コンテを務めた石井俊匡監督もA-1 Picturesの制作進行としてキャリアを始めているそうです。三澤さんの言う通り、制作進行という仕事は、将来自分のつくりたいアニメをつくるために必要な経験を積むことができるチャンスなんだと思いました。

※実は三澤さんも「アニメ業界ライティング講座」の修了生!本講座にご関心のある方は是非こちらから詳細をご確認ください。

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