アニメ制作を支えるアシスタントプロデューサーの業務と情熱 アーチ株式会社 遠藤さん【アニメ業界フレッシュマンレポートvol.4】

 2023年10月25日に創立6周年を迎えたアニメプロデュース会社、アーチ株式会社(https://archinc.jp、公式Xアカウント:https://twitter.com/archinc_jp)。そこでアシスタントプロデューサーとしてアニメ制作をはじめ様々な業務に携わっている遠藤聡平(えんどう・そうへい)さんに、プロデュース会社の役割やアシスタントプロデューサーの業務内容について伺いました。さらに、遠藤さんの就活体験談やアニメ業界を目指す就活生に向けたアドバイスについてもお話しいただきました。

 アニメをプロデュースするという形でアニメに携わりたいと考えている方や、アニメプロデュース会社の業務内容について知りたい方には特に必読の内容です。ぜひ最後までご覧ください。

取材・編集:ドキドーキ!編集部


「独立系プロデュース会社」とは?

――今日はアシスタントプロデューサーというお仕事やアーチさんという会社について伺いたいと思います。まずアーチさんの主な事業内容について教えてください。

遠藤:アーチはアニメ以外にも宣伝や音楽やウェブトゥーンや技術開発など、様々な事業を手掛けています。アニメにおいては、出資する人と制作する人との間を取り持ち、座組を整えるのがアーチの主な役割です。新規タイトルの企画開発、スタッフのアサイン、現場のマネジメントなど、具体的な業務の内容は様々です。

プロデューサーの里見さん(里見哲朗、バーナムスタジオ取締役社長、ライデンフィルム代表取締役)はそういった会社のことを「独立系プロデュース会社」、そういう働き方をするプロデューサーを「独立系プロデューサー」と呼んでいます。

ジェンコさん、EGG FIRMさん、ツインエンジンさん、スロウカーブさんなどがそれに類する会社さんだと思いますが、そういった中の1社と言っていいのではと思います。

アーチはその中でも、今までアニメを作った事がない業界・会社とアニメ業界を繋ぐ架け橋になる事が多い、“新しい時代の門”となるべく生まれたプロデュース会社です。

【参考記事】プロデューサー・里見哲朗 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第48回)(アキバ総研)
https://akiba-souken.com/article/51947/

【参考記事】独立系プロデューサーの役割とは? 業界注目の3人が語る日本アニメの可能性と未来【IMART 2022レポート】(アニメ!アニメ!)
https://animeanime.jp/article/2023/02/18/75622.html

――「独立系」という言葉がありましたが、ここでいう「独立」とは、何から独立していることを意味しているのでしょう?

遠藤:僕は「出資者からも制作スタジオからも独立している」という意味だと理解しています。究極的にはその2者だけでもアニメは作れるはずですが、現実的には他業界やアニメに関わったことのない会社さんがアニメを作ろうとしても、商慣習の違い等で意外な所で躓く事があります。そんな時に、「こんな作品にしよう」「じゃあこの人に作ってもらおう」と両者間をつないだり、トラブルが起きた際に両者の事情に精通している対応する役割の人が必要です。そこを担うのが独立系プロデュース会社であり、独立系プロデューサーなのかなと思います。

――確かに、アーチさんは基本的には作品に出資するわけではないですし、制作スタジオのようにアニメそのものを描くわけでもないですね。独立系プロデュース会社とは、そういった会社さんを指すのですね。

遠藤:独立系プロデュース会社と呼ばれる会社さんの中にもそれぞれ得意な立ち位置や関わり方があると思うのですが、基本的にはそのように捉えていただいていいのではと思います。でも、そういった会社の仕事は見えにくいですし、なかなか分かりづらいですよね。実際、同じ業界の友達にもよく「遠藤の会社って何してるの?」と聞かれます(笑)。

無数にあるアシスタントプロデューサーの仕事

――ここからは独立系プロデュース会社におけるアシスタントプロデューサーのお仕事の内容について伺います。TVアニメ『聖剣伝説 Legend of Mana -The Teardrop Crystal-』(以下、『聖剣伝説』)で遠藤さんは「制作プロデュース」とクレジットされていますが、具体的にはどんなお仕事をされていたのでしょうか?

©SQUARE ENIX / サボテン君観察組合

遠藤:案件の受託とスタッフィングまでは平澤(平澤直、アーチ代表取締役、グラフィニカ代表取締役)がおこないましたが、それ以降の業務はおおむね僕が担当しました。具体的には、本読み(注:脚本打ちあわせ)などプリプロ会議の進行や議事録作成、プロダクション業務への各種対応、音響や編集などポストプロダクションのスケジュール調整判断や立ち会い、製作委員会へ共有する情報の整理、各社との契約処理など様々です。映像制作スタッフのマネジメントなどをおこなうアニメーションプロデューサーは別の方にお願いしています。

――アニメの各話制作の最初から最後までの対応と、制作現場から製作委員会への情報伝達の全てということですね。それら無数にある仕事の中で、特に印象的だったことといえば何ですか?

遠藤:制作していたのがちょうどCOVID-19が流行していた時期で、最終話制作中に中国の生産ラインが急に全てストップしてしまったことです。これは『聖剣伝説』だけでなくアニメ業界全体がそうだったのですが、そんなパニック状態の中で少しでもできることを探して解決に向けて取り組んだことはとても印象に残っています。もう少しでもバッファを持ったスケジュールを組むべきだった、など自分の管理不足によって多くの方々にご迷惑をおかけしてしまい、協力して頂いた感謝とともに、申し訳なく思っています。

――かなり責任の重い仕事をされているように思いますが、アシスタントプロデューサーとプロデューサーはどう違うのでしょうか?

遠藤:アーチでは、クライアントと監督と現場を連れてくることができ、かつ決裁権があるのがプロデューサーで、プロデューサーが不在の場合に現場に対応できる知見と経験を有するのがアシスタントプロデューサー、更には、経験を積み上げている最中の人をプロデュースアシスタントだと定義しています。

『聖剣伝説』では平澤が業務を受けてスタッフィングをし、僕が現場を担当したので、社内の立場的には平澤がプロデューサー、僕がアシスタントプロデューサーという感じです。

とはいえ、現場が佳境になるにつれて、肩書的には平澤が判断すべきものも、事前の合意のうえで遠藤にて意思決定していました。判断にもスピードが求められていた、事細かに現場状況も把握したので正確性もある、といった理由で任せて貰えました。おかげさまでクレジットもオープニングに載せて頂いております。

――プロデューサーやアシスタントプロデューサーというお仕事において、一番の成功は何ですか?

遠藤:独立系プロデューサーの仕事における成功は作品が完成して無事に放送されることです。

一方で、プロデューサーは多くの場合会社員でもありますから、会社員という観点で言えば自社に利益をもたらすことが成功だと言うべきでしょう。

ただ僕は、やはり、見て下さった視聴者の心に残る作品を作ることこそが、プロデューサーにとっての本当の成功だと思っています。

内定全キャンセル! 働くことへの恐怖と克服

――ここからは遠藤さんが今のお仕事を志すようになったバックボーンについて伺います。大学入学まではどのように過ごされていましたか?

遠藤:元々本を読むのが好きで、小学生の頃は『マジック・ツリーハウス』や『デルトラ・クエスト』、『ダレン・シャン』等の児童文学を好んで読んでいました。本屋さんに通うことももちろん好きだったのですが、そこでかわいい女の子が表紙にバン!と出ている本があって気になって読んでみて、すごくハマって。それが当時TVアニメにもなってヒットしていた『涼宮ハルヒの憂鬱』だったんです。

それをきっかけに親に隠れて深夜帯のアニメを見たりラノベを読んだりするようになりました(笑)。当時はまだそういったカルチャーが一般的ではなくて、中学高校では運動部に入ってテニスやバドミントンをしつつ、アニメなどは一人でコソコソ楽しんでいましたね。僕は1浪していて受験期間中はアニメを見ないようにしていたのですが、受験が終わって大学に入った途端、アニメを見ることが普通になっていました。周りの人がみんな『ソードアート・オンライン』などの話をしていて驚いた記憶があります。

――そういう過渡期の時代だったんですね(笑)。大学ではどんな勉強をされましたか?

遠藤:早稲田の文学部に入って1年目は英語サークルに入るなどそれらしいことをしていたんですが、それ以降は正直文学部生らしいことはあまりしていませんでした。一方、地方に行ってその土地の方々のお話を伺う課外活動が当時あって、それが楽しくて注力していました。自分は東京育ちのため地方で暮らす方々の生き方を見聞きして価値観が変わることが多々ありましたし、後の話になりますが、この経験は就活でも役立ちました。

――就活ではやはりアニメ関連の企業を志望されたのでしょうか。

遠藤:いいえ、僕は就活を2度していて、最初の就活ではまだアニメ業界で働くことは考えておらず、ITや不動産やコンサルティングなどの業界を志望していました。いくつか内定をいただいたのですが、その頃、某有名広告代理店の新入女性社員の方が過労死されたという事件があって、僕自身かなりショックを受けたんです。有り体に言えば、社会に出て働くことが怖くなってしまって。それで内定をいただいていた企業も全て辞退してしまいました。

――遠藤さんと同年代の方でしたし、本当にショックだったんですね……就活をやめてしまって、その後どうされたんですか?

遠藤:休学して、放浪でもしようかなと思ったりもしたのですが、結果的には先ほどお話した課外活動でご縁があった富山県の土遊野(どゆうの、https://doyuuno.net/)さんという農家の方にお願いをして、1年ほど農作業の手伝いをさせてもらいました。

――急に農業ですか! またどうして?

遠藤:体力を付ければどうにかなるかな? という単純な考えがあったのに加えて、働くという事を知るため労働の根本に近いであろう農業をやってみたいという思いもあったんです。

実際に田植えや稲刈りをさせていただいて、さらに土遊野さんでは養鶏もされていたので、生き物の命に係わるお仕事もさせていただきました。様々な学びがありましたが、就活に関わる部分でいうと、出来なかったことが出来るようになる楽しさや働くことの面白さを実感できました。働くことは怖いことばかりじゃない、働き方次第だ、と思えるようになったのかなと思います。

アニメ業界との出会いと“軸”の発見

――そういった経験を通じて、改めて就活をしようと思えるようになったんですね。

遠藤:そうですね。で、まずは卒業しようと東京に戻り、バイトでもしようと思った時にたまたま株式会社トリガーさん(https://www.st-trigger.co.jp/)が制作進行補佐のアルバイトを募集されていて、そこに応募しました。

――ここまでの流れですとまだアニメ業界を志す理由があまりないように思いますが……

遠藤:はい、実際この時はまだ「アニメ業界に入るぞ!」と思っていたわけではなく、トリガーさんを選んだのは本当にたまたまでした。ただ、富山で農作業をしている時にも夜はアニメを見ていたのですが、ピーエーワークスさん(https://www.pa-works.jp/)の『SHIROBAKO』や『サクラクエスト』などを見ながら、スタジオが同じ富山にある事を知り、建物の見学に行った事も影響しているかもしれません。また、舛本さん(舛本和也、トリガー取締役)の『アニメを仕事に! トリガー流アニメ制作進行読本』も読んでいました。

トリガーさんのアルバイトにはかなり多くの方が応募されていたそうですが、運よく採用していただきました。直前に農業をしていたから体力や根性があると思われたのかもしれません(笑)。僕は、実際は単に向き不向きの問題だと思うのですが、結果的には農作業の経験はその後の就活においても強いアピール材料になりました。

――トリガーさんでは制作進行補佐をされたということですが、そこでの印象的なエピソードは?

遠藤:僕が資料を運んで細い廊下を歩いている時に向こうから大塚(雅彦)社長が来ると、当然僕は道を譲ろうとするわけですけど、社長も道を譲ろうとするんですよ。単なるアルバイトの僕にまで! 僕の作業を止めないようにそうしてくださったのだと思いますが、現場の方々をとても大事にされているという意味ですごく印象に残っています。

その後の就活を経て結局トリガーさんではなくアーチに来ることになったのですが、回収に行った原画の素晴らしさに感動するなどお仕事そのものがメチャクチャ面白かったですし、お世話になった堤さん(堤尚子、プロデューサー)や舛本さんは就活の応援までしてくれました。お二人をはじめとして当時ご指導くださった皆さまには今でも感謝をしています。

――その後、就活を経てアーチさんに入社された経緯を教えてください。

遠藤:アルバイトとはいえアニメ業界に入ってみて僕が感じたのは、「より良い作品づくりのためには、制作だけでなく製作も重要だ」ということでした。僕の実家も個人事業を営んでいたのですが、ビジネスが傾くと家族間の関係や個人の幸せにも大きな影響が出てしまうんです。それはアニメも同じはずで、関わる人々が安心して伸び伸びと作品作りをしてもらうためには、制作の前段階であるビジネススキームから整っている必要がある。作品を作ること以上に、そういった環境作りそのものを自分の仕事にしたいと思うようになりました。

就活的に言えば、自分のcanとwillとmustの重なった部分がその「環境作り」であり、アーチであればその実現も貢献もできると判断した、ということになります。

――仕事をする上での自分のビジョンや意義が見い出せたんですね。

遠藤:はい。それと前後して、ワクワークさんの就活セミナーで平澤の話を聞く機会がありました。平澤は当時から、サウジアラビアの企業マンガプロダクションズさんと東映アニメーションさんの合作劇場アニメ『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』や、MIXIさんの『モンスターストライク』のYouTubeアニメシリーズなど、アニメ業界外の企業や海外の企業を積極的に巻き込んだ新しいアニメ作りをしていました。

業界のさらなる発展のために新しいビジネススキームを取り入れている、そこに共感したということがアーチを志望した理由の一つです。

平澤のSNSのDMに直接連絡を取って、話を聞いて貰えないかと相談し、そこからアーチとしても初の新卒採用に繋がりました。

©2021 マンガプロダクションズ 製作:Manga Productions 東映アニメーション

若き独立系プロデューサーの今とこれから

――今、遠藤さんが取り組んでいることについて、可能な範囲で教えてください。

遠藤:アニメに関しては、今関わっているタイトルが世に出るのは数年後なので、まだお話しできないんです。ただ、『聖剣伝説』の時のような企画や制作を複数並行しておこなっています。またアニメ制作以外にも、宣伝案件、原作開発などもしていますし、一時期はゲーム開発もしていました。

――本当にいろんなお仕事をするんですね! アニメ1作品につきっきりというわけではないんですね。

遠藤:そうですね、アニメもそれ以外も、全て並行しています。また、社内のシステム管理など、自分ができることは何でもやるようにしています。そうすることで、自分の仕事においてどんな人がどのように携わっているのかが想像しやすくなり、前後に関わる人が作業しやすい仕事が出来るようになると考えています。

――アシスタントプロデューサーとプロデューサーの仕事の違いは、要するに案件を自分で作れるかどうかということだと理解したのですが、プロデューサーのような自分で企画を作って実現することも視野に入れているのでしょうか。

遠藤:同じ志を持っている仲間たちとアニメを作りたい、という思いは強くありますね。就活時代から築いてきた業界の同世代との交流はとても大事にしており、そういった画策は常にしています(笑)。ただ、今は会社から任された作品をきちんと完成させて公開することが一番大事だと理解しています。

――それはもちろんですね。でも、次にお話を伺う時は独立系プロデューサーとして、かもしれませんね!

遠藤:そうですね、その際はぜひよろしくお願いします(笑)。

最も大事な“判断”することと、その力の養い方

――アニメ業界で遠藤さんのような働き方をしたいと思っている若い方々にアドバイスをお願いします。

遠藤:そうですね……プロデューサーの仕事はとても幅が広いので「これをすればこうなれます」という鉄則のようなものはあまりないんじゃないかと思います。だからこそ、自分で判断をして自分の道を見つける必要があるのではないでしょうか。

――「自分はこれがやりたいんだ!」という強い意志のようなものがあった方がいい、ということですね?

遠藤:様々な局面で決定や判断をするのがプロデューサーの仕事ですから、自分の中に何か軸がないとプロデューサーにはなれないのかなと思います。

ただ、逆に状況や立場がそういった軸を育てることもあるはずです。たとえば、就活時代に「やりたいことが無い」と思っている方も多いと思いますが、無いなら無いなりに「もしかしたら自分はこれがやりたいのかもしれない」と仮説を立てて、それを実行してみることが大事です。

その仮説が正しいにしろ間違っているにしろ、一歩前に出てはいますよね。今「これがやりたいんだ!」がない人も、まずは何かやってみて、その後の仮説検証の繰り返しによって徐々に自分の軸が見えてくるのではないでしょうか。

――チャレンジ精神と行動力、それに対する検証を通じて自分のビジョンが見えてくる、ということですね。確かに、遠藤さんは農業にチャレンジしたり制作進行補佐でアニメ業界に飛び込んだり、「まずこれをやってみよう」というマインドをお持ちなので、説得力があります(笑)。

遠藤:そう言っていただけると嬉しいです(笑)。

また、もしこのインタビューをご覧の方の中で、アニメ業界を志して行動しつつもお悩みを抱えている方がいらっしゃいましたら、一歩だけ先を歩いている先輩として、SNS(https://twitter.com/soubeetw)などでDMをいただければ喜んで対応いたします。僕自身が多くの方々にお世話になって今があるように、僕もアニメ業界を目指す若い方のお力になれれば幸いです。

取材を終えて

 興味深いお話をたくさんいただきましたが、特に印象に残ったのはやはり遠藤さんが一度就活を全キャンセルした件と、農業経験やアニメ業界でのアルバイトを通じて自分がやりたいことの軸を発見できたという過程のお話でした。プロデューサーという仕事は、遠藤さんや、お話に上がった平澤さん、舛本さんのように、作品や業界、そこで働く人々に対する想いがあり、かつ「これを実現したい!」というビジョンに向かって行動できる人が担っているんだ、ということが伝わるインタビューでした。

 同じような想いと実行力がある若い方がこれからアニメプロデューサーを目指して業界に入って活躍することでアニメ業界の改善が進み、面白い作品がもっと生まれるようになる――そんな希望が持てた取材になりました。

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