連載記事第3回!今回は、アニメの制作工程のデジタル化についてです。少し分量多めですが、今後のアニメ制作を考える上で重要な観点の一つですので、どうぞお付き合い下さい!
制作工程のデジタル化の現状
前回も述べましたが、アニメの制作工程を簡単に説明すると、企画、脚本、絵コンテ・演出などの「プリプロダクション」(以下、プリプロ)、原画、動画、仕上げ、撮影などの「プロダクション」、編集、音響制作などの「ポストプロダクション」(以下、ポスプロ)で構成されています。現在、クリンナップし、スキャンする仕上げ以降のほとんどの工程はデジタル化していますが、それより以前のプリプロとプロダクション、特に作画工程はアナログ作画とデジタル作画が混在している状況です。
元来、米国をはじめとした海外のアニメーション制作は21世紀初頭から3DCGアニメーションに舵を切っている中、日本のアニメーションは手描きアニメーションを発展させる独自の文化を発展させてきました。ただ、近年手描きでは表現できない部分を、手描きのアニメーションに取り込むことを念頭に入れ進歩させたCGアニメーションが日本の制作スタイルに導入されています。しかし、それゆえに、制作工程内でアナログからデジタルへの変換、ないしその逆が必要であったり、管理においてもアナログ素材とデジタル素材両方で実施したりと、多くの課題が発生しています。
平成27年度練馬区・練馬アニメーションによる「アニメ産業における人材育成の実態と意識調査」によると、約半数が既に何かしらの形でアニメーションにデジタル制作を導入してると回答していますが、残り半分は無回答を含む、未着手ないし意向がないと答えています。実際、デジタル分野の進歩、企業のデジタル化は目覚ましい速度で進んでいるため、導入している制作会社の割合は伸びていることが想定されます。しかし、現状、一定数の会社が尻込みしているのも事実です。
制作工程のデジタル化の課題
日本のアニメーションの制作体制において、特に作画工程のデジタル転換の難しさは、制作体制の複雑な構造に由来しています。現状、日本のアニメーション制作は、中小・零細が多い元請け、グロス請け(1話分丸々の下請けのこと)、下請け企業間の受発注が行われ、その下にさらに個人のアニメーターが作画を行うという多重構造になっています。そのため、各企業に所属するアニメーターは少なく、多くがフリーランスのアニメーターによって、制作現場が支えられています。
さらに、この業界全体の制作の多重構造化と多数の個人アニメーターの存在は、制作体制のデジタル変換をする上で大きな課題を生んでいます。
制作体制のデジタル化に対する構造的な課題
①デジタル作画への転換の課題
②デジタル制作工程改善のための課題
③デジタル制作の外部発注の課題
上記の通り、多くの個人アニメーターは個人裁量のもとフリーランスとして働いているため、デジタル作画ができるか否かはその人の趣向、性格、経験や環境次第によって、恣意的に決まってしまいます。また、古くからのアニメーターはデジタル作画への移行を躊躇したり、そもそも監督・演出・作画監督などがアナログでチェックしたりと、個人のアニメーターへのデジタル作画への転換の強制が難しい現状があります(①)。
また、作画にデジタルツールを導入すると、例えば動画と仕上げを一括で行うことができ、より多くの工程に寄与できることが見込めますが、既存の制作工程は専門化や、そこから転じてスキルの分断化が進んでいるため、十分に作画のデジタル化の恩恵を被ることができません。さらに、デジタルで作画する技術を動画で学んだ後に、原画工程に手描きに戻る可能性が高く、デジタル制作に合わせたキャリアアップが業界全体で整備されていないという課題があります(②)。
こういった制作体制の中、アニメの制作現場では、多くの工程を外部発注をしています。それゆえに、そもそもデジタル制作を導入している外部発注先の不足や、特に海外に外部発注が進んでいる動画や仕上げ工程がアナログ作画であるために、発注先のデジタル作画への導入を促す必要があるという課題も発生しています(③)。
制作体制のデジタル化に対する技術的な課題
④作画等デジタルツールの機能上の不十分性
⑤日本固有の管理文化に対応したデジタル管理システムの未発達
構造的な課題に加えて、それを支える技術においてもいくつかの課題が存在します。従来の日本のアニメは、素材を収納し管理する「カット袋」(詳細は、ページ末のおまけ①参照)、映像化のための指示が書き記された「タイムシート」(詳細は、ページ末のおまけ②参照)を産業界で共通のフォーマットとして、制作を行ってきました。また、各社ごとに工程の進行管理は、制作会社・制作進行の各々の様式で、進行を管理し、関係者である制作デスク、プロデューサーなどに共有してきました。
こうした中、デジタル作画を導入しようとした時、作画データはデジタルで管理しているのにも関わらず、デジタルツール上の機能でなく、紙のタイムシートに記入され指示されている場合が多いのです。この理由としては、デジタル作画支援ツールは海外製のものが多く、日本固有のタイムシートに書き出す仕組みが標準的に実装されていないためです(④)。さらに、仕上げ以降の工程はほとんどデジタル処理に移行しているのにも関わらず、例えば撮影工程は、カット袋のカットごとに、紙のタイムシートによって指示が出されています(⑤)。
今後の展望
アニメーション制作のデジタル化における課題と対応策
①〜③の構造的な課題に対して、元請け、グロス請けの企業が積極的に体制の変革に向けて、動くことが大事になると言われています。これら企業はアニメーターへの発注依頼の大元であり、影響力が最も大きく、改善のための施策を打つことが最も有力な立場です。具体的には、作品ごとに個人アニメーター等にデジタル制作環境を提供すること、基本的な管理の枠組みを業界で統一したものを整備することが必要です。また、作画部門では、インハウス化、社員化が非常に有効な手段です。これにより、会社の特徴に合わせてデジタル作画の適切な方法を教育することができるとともに、デジタル制作に合わせた適切な工程設計やキャリアパスの整備を進めることができます。実際に、アニメーター社員化の動きは加速しており、2018年には、機動戦士ガンダムシリーズや、ラブライブなどの作品で有名なサンライズが「サンライズアニメーター作画塾」を、アニメの制作現場をテーマにした「SHIROBAKO」(現在、絶賛映画上映中)を制作した地方の有力スタジオの一つであるP.A.WORKSは「P.A.育成所」を開講しております。
P.A.育成所 HPより
④に関しては、開発メーカーだけでなく、使用者、利用企業が協力し、方針を提示した上で、国内外問わずのメーカーと協力し開発していくことが必要となります。技術的には、ツール間のデータ授受の互換性の解消、タイムシートの標準的な実装、作画データの入出力の際にタイムシートの読み書きも同時にできることなどが求められており、ツールメーカーは各社で対応を検討しています。
⑤に関して、「平成29年度アニメのデジタル制作導入ガイド〜アニメーションのデジタル制作のネットワーク管理システム構築のために〜」によると、最新の制作管理のデジタル化に向けていくつかの会社はデジタルタイムシートの開発に挑んでいます。一つ目は、ねこまたや氏が(株)横浜アニメーションラボと共同で開発を行っているオンライン・タイムシート作成ツール「りこぴん」・「Universal Animation Timesheet」です。これは、アニメーションのデジタル制作に限らず、手描き制作にも対応する、作画から撮影までの工程をカバーする進行管理WEBデータベースサービスです。工程ごとの仕上がりやチェックの結果を、デジタル化したタイムシートに記入することで、カット毎の進捗や担当者の記録・管理ができる仕組みです。例えば、デジタル化した時間情報をAfterEffects(業界で最も使用されている撮影用のツール)で撮影を行うために書き出すことなどもでき、今後はカット袋に対応する仕組みも導入する予定だそうです。他には、東映アニメーションは、原画からフルデジタルに挑み、その管理に「デジタル化したタイムシート」とカット袋に対応する「素材管理のシステム」とを連動した統合システムを開発し、実際の制作現場で使用したという事例もあります。このように管理上で必須の「タイムシート」、「カット袋」、「進行管理表」がデジタル上で一元的に管理できることで、各システムを連動させ、効率的な管理が実施できる下地が業界の中で少しずつ芽吹いています。
「Universal Animation Timesheet Service HP」ねこまたやさんのサイトより
今回は、アニメーション制作フローのデジタル化ということでいかがだったでしょうか。部分的に簡単に書いている部分もありますので、ぜひ必要に応じて追加で調べてみて下さい。次回は、最新のアニメーション技術と題して、これまでの制作の限界を拡張する、そんな最新技術を紹介します。それでは。(前回のページ末に、次回が最新のアニメーション技術と紹介しましたが、今回は分量の関係上、アニメーション制作体制のデジタル化のみを分離して紹介しました。)
おまけ①:カット袋
制作上で必要となる素材を入れ、管理するための袋。ただ、「素材管理」だけでなく、「作業指示書」「申し送り書」「作業伝票」としての役割も果たす。例えば、レイアウト、レイアウトに対する演出や作画監督の修正指示、原画、原画演出用紙、原画作画監督用紙、動画、色指定など多様なものがカット袋には入っています。
「この世界の片隅に」スタッフルームだより より
おまけ②:タイムシート
アニメ制作における「映像化の設計図」。
時間経過に沿っての動きのタイミング、撮影におけるカメラワーク、特殊効果の指示等を記すことで、映像化のための指示書であると同時に、カット袋同様、前工程から後工程に設計上の情報を伝達役割も担っています。
「ねこまたや」さんのtwitterより
・参考:平成28年度アニメのデジタル制作導入ガイド〜日本のアニメーションが培ってきた技術を、未来の才能に引き継いでいくために〜、経済産業省
・参考:平成29年度アニメのデジタル制作導入ガイド〜アニメーションのデジタル制作のネットワーク管理システム構築のために〜、経済産業省
<ライター:浅井恵斗、 編集:数土直志>