2023年3月、第1回新潟アニメーション映画祭が開催され、筆者はその一部のプログラムにメディア関係者として参加することができた。次回以降の参加者が少しでも参考になるよう、映画祭取材初体験の駆け出しライターである筆者の観点から、参加したプログラムを中心にそのレポートと感想をお届けする。
執筆:山田 涼矢
編集:ドキドーキ!編集部
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新潟国際アニメーション映画祭とは?
「第1回新潟国際アニメーション映画祭」(https://niigata-iaff.net/)が新潟市内で2023年3月17日〜22日の期間で開催された。
この映画祭は、世界でも余りない長編アニメーションに特化した映画祭であり、次の9つのカテゴリに分類されるさまざまなプログラムが並行して催された。
- 長編コンペティション部門
- 世界の潮流部門
- 大川=蕗谷賞
- レトロスペクティブ部門
- イベント
- オールナイト
- フォーラム
- アカデミックプログラム
- 新潟アニメーションキャンパス
映画祭の上映会場とイベントは「新潟市民プラザ」「クロスパル新潟」「新潟シネウインド」をメインの劇場とし、アカデミックプログラムはアニメ・マンガ学部を有する開志専門職大学で行われた。
また、第一回 大川=蕗谷賞(おおかわ=ふきやしょう、技術職のスタッフやスタジオへの賞)の受賞者関連作品はT・ジョイ新潟万代で上映された。
映画祭で上映された作品は合計50作品を超えており、アジアやヨーロッパを中心に世界の長編アニメーションが新潟に集まった形だ。
新潟が開催地になった理由としては、「東映動画」を起業した大川博の出身地であったことや、継続的に「にいがたアニメ・マンガフェスティバル」「にいがたマンガ大賞」を行っていること、新潟市が積極的にアニメ・マンガ家を目指す学生を育てていることなどが挙げられる。
また、映画祭にあたって新潟日報社と協力の上、映画祭のデイリーペーパーを発行し星取表も載せるなど、地域をあげての映画祭となった。
なお、何故「新潟アニメ映画祭」ではなく「新潟国際アニメーション映画祭」と命名されたのかについて、本映画祭実行委員会委員長であり映画プロデューサーでもある堀越謙三氏から伺うことができた。
その理由は「アニメ」というと日本のTV作品という狭いジャンルのニュアンスを帯びるため、より広く文化的な表現も内包した「アニメーション」としたのだという。
また「国際」と付けることにより、本映画祭が長編アニメーションの最先端を届ける場となること、アニメーションがより広い価値を持つことを見越した発展的な狙いがあることが伺える。
新潟国際アニメーション映画祭におけるコンペティション
本映画祭のコンペティション部門では「40分以上」「2020年以降に完成」「上映の権利が問題無い」などの条件を設けて作品を募集し、賞として「グランプリ」「監督賞」「脚本賞」「美術賞」「音楽賞」が用意された(コンペティション部門の詳細条件 第 1 回新潟国際アニメーション映画祭 長編コンペティション部門 作品募集規約 より)。コンペティションを通じて受賞作品側の認知が拡大することはもちろんのこと、映画祭そのものも周知され、今後より多くの優れた作品を集め送り出せるようになる相乗効果が見込まれる。
今回のコンペティション部門では審査を突破した『劇場版 ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』など10作品が選出され、新潟の地で劇場上映を果たした。
審査委員長は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などの監督である押井守氏が、審査員は『ファインディング・ニモ(2003年)』などのプロデューサーを手掛けた映画プロデューサーのJinko Gotoh(ジンコ・ゴトウ)氏、アメリカの配給会社、GKIDSの社長であり自身も作品プロデュースを手掛けるDavid Jesteadt(デヴィッド・ジェステット)氏が務めた。
受賞結果は『めくらやなぎと眠る女(2022年)』(監督:ピエール・フォルデス)がグランプリを受賞、傾奇賞 (かぶく)賞には『カムサ – 忘却の井戸』(監督:ヴィノム)が、境界賞は『四つの悪夢』(監督:<故>ロスト)が、奨励賞は『劇場版「ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン」』(監督:牧原亮太郎)が受賞した。
傾奇賞とは従来の価値観に捉われず、斬新で新しいものに挑戦し、創造していく作品に送られる賞、境界賞とは「2D」や「3D」「コマ撮り」といった制作手法、またはジャンルの様々な境界に捉われず、アニメーションの世界に進化を与える作品に与えられる賞である。
先述の通り、作品募集の段階では「監督賞」「脚本賞」「美術賞」「音楽賞」など、コンペティションとして一般的な賞が設定されていた。
しかし実際の審査を通じて、より本映画祭らしい基準での作品評価がなされ、その結果として上述の賞が改めて設定されたようだ。
事前発表とは賞が変わってしまったことには驚いたが、傾奇賞や境界賞のコンセプトからも本映画祭がアニメーション作品を多面的に評価しようとしていることが窺える。
筆者は10作品の中で『劇場版 ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』(監督:牧原亮太郎)『カムサ – 忘却の井戸』(監督:ヴィノム )、『プチ・二コラ パリがくれた幸せ』(監督:アマンディーヌ・フルドン/バンジャマン・マスブル)、の3作品を見ることができた。3作品それぞれ作風、ストーリージャンル、メッセージ性が大きく異なっており、アニメーションの多様な表現を感じられた。
筆者が映画祭で最初に鑑賞したアニメーションが『カムサ』だった。
『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』を思い起こすゲーム調の表現で進むアニメーション作品を鑑賞し、筆者は固定化した表現の枠組みが無いのがアニメーションなのだと思い知った。
『プチ・二コラ』は不思議な作品で、物語自体は絵本作家らのドキュメンタリーを軸としているのだが、鑑賞中はさも彼らが描いた絵本の世界そのものを楽しんでいるかのような感覚を覚えた。
『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』は王道ジャンルでもある異種族の逃避行を西洋の城や音楽で描く重厚な作品であった。
『プチ・二コラ パリがくれた幸せ』監督の上映前の作品紹介
(バンジャマン氏(左)・アマンディーヌ氏(中央))
名作が並ぶ潮流部門
世界の潮流部門では、すでに公開され、世界的に高い評価を得ているアニメーション作品が上映された。
海外作品としては、アヌシーで受賞している『父を探して』(監督:アレ・アブレウ)や、カートゥーンサルが制作しアカデミー賞にノミネートされた3作品『ブレンダンとケルズの秘密』(監督:トム・ムーア/ノラ・トゥーミー)、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(監督:トム・ムーア)、『ウルフウォーカー』(監督:トム・ムーア/ロス・スチュアート)など、国内からは磯光雄監督作品『地球外少年少女』などの11作品(短編集の上映を1本と数えている)が選出された。
筆者は『神々の山嶺』(かみがみのいただき、監督:パトリック・インバート)、『父を探して』を鑑賞した。
どちらも始まってすぐに時間を忘れるくらいのめり込める作品だった。
『父を探して』の上映後、コンペティションの審査員でもあるデヴィッド氏と海外作品の配給を行う株式会社ニューディアー代表の土居伸彰氏の対談があった。両氏は日本の良いアニメーションも世界ではインディーズ作品として扱われることや、逆にヨーロッパの良い作品を日本へ配給する難しさなどについて語った。また、長編アニメーションというのは新しい挑戦が絶対に入ってくるものだということを互いに確認していた。
対談後の質疑応答で筆者が「若い人へ向けて長編アニメーションを知ってもらうには?」と質問をすると、
デヴィッド氏からは「アニメへの情熱や愛を持つということを前提としつつ、SNSやコミュニティに飛び込み交流を行うこと。
そして、交流から生まれたアイディアを制作に取り入れ世の中に発信していくこと、また広げる作業を楽しみながら行うことが大切だ」というアドバイスをいただいた。
また土居氏からはアニメーション制作者に向けて「このような映画祭で上映されている多様な作品を見ることが良い。
見た時は面白くなくても自分の中の創作の世界は広がるので様々な表現を見ることは絶対に必要だ」という言葉を貰うことができた。
「世界の長編アニメーション」トークショー
土居伸彰氏とデヴィッド・ジェステット氏
日本の様々なアニメーションと制作者のトークがセットになったイベントセッション
イベント部門では『この世界の(さらにいくつもの)片隅に)』の上映と片渕須直監督トークセッションや『スカイ・クロラ』の上映と押井守監督トークセッションなど、日本の名作アニメーション映画が集められた。
イベントでは作品の上映前か上映後に監督や作品に関わった人が登壇した。
制作秘話がざっくばらんに語られる貴重な場となった。
筆者は『花の詩女 ゴティックメード(2012)』(GTM)、『こまねこ』と『HIDARI』そして、新海誠のオールナイト上映に参加した。
『GTM』は2012年公開のアニメーション映画。TVアニメ『重戦機エルガイム』のキャラクターデザイナー・メカニカルデザイナーであり、37年の連載が続く漫画『ファイブスター物語』の原作者である永野護監督と主演声優の川村万梨阿氏、MCとしてフェスティバルディレクターの井上伸一郎氏のトークがあり、その後本編の上映となった。
丁寧に描かれたキャラクターやメカデザイン、現在でも驚くトップクラスの音へのこだわり、踊るシーンの原画などの制作秘話を聞くことができた。
実は筆者は永野監督や『ファイブスター物語』を全く知らずに参加しており、『GTM』は伝説的な作品だったことを後で知った。
が、機械の動きやその音へのこだわりは筆者の想像以上のものだった。
『こまねこ』はNHKの「どーも君」を作成したスタッフで作られたストップモーションアニメーションだ。
4つのエピソードを上映後、同作の制作会社『ドワーフ』の合田経郎氏(監督)、松本紀子氏(プロデューサー)のトークがあった。
「どーも君」が生まれた話や、松本氏が人形をポーズさせてもただの人形だが、アニメーターがポーズをさせると動きだしそうになるなど、制作の面白さや秘話などを伺えた。
現在ドワーフではポケモンのこま撮りアニメーションを制作中なので注目したい。
https://www.netflix.com/jp/title/81186864
『HIDARI』は、TECARATとドワーフの2大スタジオが手掛ける、江戸時代の人形作家「左甚五郎」をモデルとしたストップモーションアクション時代劇であり、現在クラウドファンディングプロジェクトが進行している。
映画祭ではパイロット版の上映があり、その制作トークが披露された。
左甚五郎の人形ができるまでや各キャラクターのデザインについて、これまでのコマ撮りアニメーションとの違い、撮影の方法や違いなど多くの工夫や苦労が窺えた。
中でも道具箱など一部セットは江戸〜明治時代の木材から木彫りで作成していることや、各アニメーターなどがスタジオに来て人形を動かしているなどの話が興味深かった。
クラウドファンディングプロジェクトの詳細は以下のnoteに公開されているので、興味のある方は是非チェックしてほしい。
https://note.com/team_hidari/n/n812705d2e5e2
快進撃を続ける新海誠監督の初期作品を集結したオールナイト上映
オールナイト上映では、新海誠監督作品『空のむこう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』、『星を追う子ども』が上映された。
上映の前には映画祭のプログラムディレクターである数土直志氏と氷川竜介氏(アニメ・特撮研究家)の対談が行なわれた。
二人の対談では2000年代始めに新海監督がほぼ一人で『ほしのこえ』を制作した際の話や、なぜ今新海監督の初期作品を見ておくべきかといった内容の対談があった。
二人は新誠監督の挑戦の中にある、変わらない部分を感じてほしいと話していた。
数土氏は『すずめの戸締り』を見て改めて『星を追う子供』を見るべきだと考えて今回のオールナイト上映を企画したのだという。
自分はこの作品は初見だったが、男女の人間関係を中心に描いた前者2作品と、冒険ものである『星を追う子供』との間で新海監督の変遷を感じることができた。
日本のアニメの海外進出の調査とアニメスタジオの地方進出の実体の講演も
アカデミックプログラムには4つのセッションがあり、筆者は『海外における日本のマンガ・アニメの価値づけの状況』(価値づけ)、『地方とアニメ、その現状と未来 新潟から始める地方分散』(地方分散)の2つに参加した。
この2つのセッションに関しては別途個別のレポート記事を公開予定である。そのため本記事では概要の紹介に留める。
前者では文化庁の椎名ゆかり氏、数土氏、GEMパートナーズの梅津文氏、開志専門職大学教授の成田兵衛氏が日本の作品が海外でどう評価されているのか、日の目を浴びるのはどういうときかを学者や有識者にインタビューを行いその結果をまとめ講演を行った。
後者では、動画協会より増田弘道氏と長谷川雅弘氏、新潟アニメーション代表取締役の内田昌幸氏、NPO法人ANIC理事長の松本淳氏とGENCOの真木太郎氏で地方にスタジオが進出の実体と、それ自体で業界の問題点や産業構造が解決するのか等を対話形式で進んでいった。
「海外における日本のマンガ・アニメの価値づけの状況」の様子
濃密な時間となった四日間
筆者は18日~21日の夕方まで過ごした中で特に良かったと感じたのは、普段見ているTVアニメでは絶対に出会えない挑戦した作品ばかり鑑賞できたこと、そしてどの作品も作風、メッセージ、音などが異なっており、筆者が普段見ているアニメの表現が思っていたより固定化していると感じられたことである。
アカデミックプログラムでは日本のアニメ業界の課題をより切迫感をもって感じられた。
筆者は参加後メディア側の人間として様々な作品をどのように広めていくべきかについて考えを固めることができた。
また、作品を伝えるのは勿論、クリエイター自身や制作過程とその素晴らしさや面白さも取り上げ、国内外へ発信することでアニメーション業界に貢献できるのではと感じた。
一方、初めて開催された映画祭として、今後の課題と感じることもあった。
一つは、アニメーションの制作過程の紹介や子供に向けたブースが(自分の見た範囲では)少なかったことだ。
本映画祭は若年層やアニメのライトファン層は対象としていないのかもしれないが、そういった層にも訴求し得るものであると感じられた。
この点は第2回以降も引き続き開催していくことでより多くの人に認知され、結果的に達成しうるものであるようにも思われる。
もう一つはトークや作品紹介における外国語の通訳のスムーズさなどが欠けていると感じたことだ。国際映画祭として規模を広げるためにも言語のサポートは充実させる必要があると感じた。
数土氏や堀越氏らは「この映画祭を来年以降も続けることで数年後にはアジア最大級となる」と語っていた。是非来年以降も継続し、アジアの大きな映画祭として取り上げられるようになってほしいと感じた。
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